言葉と希望 ~句会ライブ御礼に代えて~

夏井いつき先生の「句会ライブ in 狛江」が無事に終わって、はや一月。駆けぬける時間になすすべもないのが実際のところです。

句会ライブの内容はお伝え出来ませんが、その日は600名を超える人達が、夏井先生のリードにより、俳句の魅力に触れ、言葉の味わいに酔い、時を忘れて楽しんだように思います。この場を設けることに力添えいただいた関係の方々に感謝申し上げます。

さて、言葉というものに意識を向けると、その奥深さや不思議さ、そこに立ち現れる可能性に驚かざるを得ません。

「現実を表すものが言語である」と考えられていた時代、哲学者ウィトゲンシュタインは、「言語が現実を構成する」と方向転換した思想を表しました(論理哲学論考)。これが言語論的展開(リングイスティックターン)と呼ばれたのは、ほぼ100年前の1921年のことです。事物を表現したり伝達するための道具とされていた言葉が、世界を作っている道具であった、という理解に転換されたとは、さぞや革新的なものであったに違いありません。

近年の日本で言えば、今井むつみ先生(慶應義塾大学教授)による著書(ことばと思考、岩波新書)の中で、異なる言語を使う人々は世界を異なる方法で見ている、という理解は、ほぼ正しいことが述べられています。それだけに私たち自身が、どんな言葉を使うか自覚的になり、よい言葉を繋ぎ、よい言葉を遺していくことが、より良き次代を作るために求められているように感じます。

別の視点を考えてみると、日本語は世界でも特殊な言語と言われていることがあります。開音節(オープン・シラブル)が中心の珍しい言語であり、この影響であるのか、日本人は虫の声を言語脳で処理するという特徴があることが知られています。これも季節感豊かな日本文化を形作る大きな要因となってきた気がしますし、その中で俳句や川柳のような文化が醸成されてきたと考えることは、自然に思えます。

世の中を見渡すと、数多くの社会問題が増えることはあれ、減ることは無いようで、これからの時代に不安を抱かざるを得ないのは事実です。しかし、言葉の力によって人と人が繋がり、言葉によって様々な可能性や現実の扉を開くことができれば、明るい社会を形作っていくことが出来るに違いありません。

文化講演推進会の活動も、その一助になれば幸いです。

琢也

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